2026.05.04
棒Sの履歴書 #1〜悔しさと、運命的な出会いの話。

棒S(ボウズ)誕生!
「棒S(ボウズ)」を初めて販売したのは2014年10月4日のことです。
あれからもう11年半が経ちました。 改めて振り返ってみると、この商品が生まれるまでには、悔しさと、偶然と、運命としか言いようのない出来事が重なっていたんですよね。
せっかくなので、何回かに分けて書き残しておこうと思います。
題して「棒Sの履歴書」。#1はその始まりの話です。
きっかけは、正直言って「悔しさ」でした。
当時の河内屋には1999年に販売開始した「スティック蒲鉾」という看板商品がありました。
長年お客様に愛され、有名番組の『旅サラダ』でも紹介されるほど大人気の自信を持ってお勧めできる商品でした。
ところがある日、富山市内の老舗蒲鉾店が、まるっきり同じ形状・外観のモノマネ商品を出してきたんです。
富山県内の蒲鉾業界でもその行為がちょっとした話題になりました。
正直言って頭に来ましたね(笑)。
でも、怒りをぶつけても何も変わらない。
さらに当時は北陸新幹線の開業を控えていて、「このままじゃいけない」という焦りもありました。
新幹線が開通すれば、北陸の観光、さらには「お土産」環境はガラッと変わる。そこにしっかりブランドを確立しなければ、河内屋は置いていかれる。
何か新しいものを出さなければ…。 でも、何をどうすればいいのか、全く見えない。
2012年2月に先代が亡くなり自分が本当の意味でのリーダーとして会社の先頭に立たねば…という焦りや責任感や孤独感など、あの頃の私は、文字通り「闇の中」にいたんだと思います。
そんな時に、懇意にしていた有名コピーライターのK氏が助け船を出してくれました。
「商品力のあるスティック蒲鉾のデザインは冒険してみる価値がある。」
「信頼しているデザイナーを何人か紹介できますよ。」
というありがたいアドバイス。
そして2013年8月19日、5人の有名な方の過去の作品や仕事に関する資料をメールで送って来てくれました。
しかし、どの方にお願いすればいいのか、私には全く分からない。
その夜、女将と2人でそれぞれの経歴と作品を、一つひとつじっくりと見させていただきました。
その中に、女将が「好きなデザイナー」がいました。
なんと作品集が自宅の本棚にあるくらい、以前から大好きだったデザイナーさんだったんですね。
しかもK氏が一番このデザイナーに「ダメもとでも頼んでみたい」と言っていたK氏の友人でもあるデザイナー。
キギ(植原亮輔さん・渡邉良重さん)。
「これは運命じゃないか!」と本当に思いました(笑)。
ただ、キギさんはすぐにはOKしてくれませんでした。 それは当然だと思います。向こうも本気の仕事しかしない。
河内屋がどんな会社か、私たち夫婦がどんな人間なのか…まず会ってみないと判断できない、ということで、キギさんがわざわざ魚津まで来てくれることになりました。
2013年9月30日のことです。
初対面でしたが、私は本当に熱く語りました。
モノマネ商品への悔しさ。 新幹線開業への危機感。 河内屋としてブランドをしっかり確立していきたいという想い。
少し先走って空回り気味の私をK氏がやさしくフォローしてくれたことを昨日のことのように覚えています。
語りながら気づいたのですが、何より嬉しかったのは、キギさんが河内屋の蒲鉾を食べて、本当に美味しいと言ってくれたことでした。
その後、「スティック蒲鉾のリニューアルを一緒に考えましょう」という話をいただいたときは本当に嬉しかった。
2013年10月、闇の中に、やっと光が見えた瞬間でした。
デザインに関しては途中経過や進捗など、K氏からいろいろと聞いていました。
パッケージ案を20種類くらい実際の形にして、色々な角度から検討しながら進めていると…。
私としてはわくわくドキドキはしているものの、蒲鉾屋の究極の繁忙期である年末の仕事に追われる日々を過ごしました。
そして年明け2月に連絡をいただき、2014年2月19日。 東京・キギのオフィスでお披露目の日を迎えました。
テーブルに並んだのは、円筒形の透明な容器に入ったスティック蒲鉾。
…言葉が出ませんでした。
「スティック蒲鉾のリニューアル」のつもりで来たのに、目の前にあったのは、自分の想像を遥かに超えた、全く新しい何かだったんです。
そこにキギさんが続けました。
「名前も考えました」 「これです」
真顔で。
『棒S』
最初、なんと読むのか分からなかったんです(笑)。
「ボウズです」
「…え?ボウズ?」
「はい、ボウズ」
釣りが趣味の私には、ボウズといえば「釣れなかった日」の代名詞です(笑)。 思わず顔が引きつりました。
戸惑っていると、キギさんが静かに説明してくれました。
「魅力的な価値ある棒が複数ある。だから複数形のSが付いて、棒S(ボウズ)です」
なるほど…と思いました。 思ったけれど、正直まだ頭の整理がつかなかったのも事実です。

帰りの電車の中で、ずっと考えていました。
直営店の冷蔵ケースに並んでいる姿、各取引先やお土産店に並んでいる姿、手に取っているお客様の姿、想像しながら考え過ぎるくらい考えていました。
富山の蒲鉾業界では斬新過ぎるくらい衝撃的なデザイン。
商品名も凄い、字面も良い、でもボウズか…釣り人の私が最後まで引っかかるのはそこ(笑)。
そんな私の隣で、女将がひと言。
「これで行こう!」
魚津駅に着く頃には、私の腹も決まっていました。
そこからはもう前だけを向いていました。 社員にどう伝えるか。工場でどう生産するか。 頭の中はすでに次のステップへ走り出していたと思います。
私の性格は行動するまで悩みますが、やると決めたらとことんやるタイプ。
とにかく「棒S(ボウズ)」を世の中に出す!と決めた以上、絶対にやり切る!これで勝負する!
タイムリミットは2015年3月の北陸新幹線の開業!
そう決めて工場長を巻き込み、次から次へと出て来る難題に立ち向かいました。
次回「棒Sの履歴書 #2」では、静かすぎた発売当日と、取引先からの嵐のような声(クレーム?)についてなど書こうと思います。
今考えると波乱だらけの船出でしたね(笑)。


