河内屋社長ブログ蒲鉾丹右衛門の徒然なるままに…

2026.08.03

約40年ぶりのアンカレッジと濃霧との戦い。ダッチハーバーは遠かった。

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いよいよ、ダッチハーバーへの旅が始まりました。

日本からの直行便はありません。ですので、シアトルを経由してのアンカレッジ入りです。とにかく、遠い。しかし、まだここは通過点。目的地は、この先にあるのです。せめて日本からアンカレッジへの直行便があれば良いのですが今は無いらしい。つまり需要が無いのですね。

そのアンカレッジ空港に降り立って、私はふと、懐かしい気持ちになりました。

実はこの空港、約40年ぶりだったのです。

学生時代、卒業旅行でヨーロッパを旅した時のこと。当時はまだ直行便がなく、欧州へ向かう飛行機は必ずこのアンカレッジで給油をしていました。私の記憶に残るアンカレッジ空港は、寒くて、暗くて、何もない場所。薄ぼんやりと、そんなイメージだけが残っていました。

唯一はっきり覚えていたのが、空港の中にあった熊の大きな剥製です。

ところが、今回降り立って驚きました。当たり前と言えば当たり前なのですが、そこはごく普通の、明るくて何の不便もない国際空港だったのです(笑)。

あの熊の剥製も健在で、いや、むしろパワーアップしていました。スターバックスまであります。40年という月日を、しみじみと感じました。

アンカレッジは、アラスカ各地へ向かうハブ空港でもあります。

さて、翌日の便まで時間がありましたので、アンカレッジ市内を少し見て回りました。

見ることができたのが、キャプテン・クックの記念碑です。あの大航海時代に、当時の技術でよくぞこんな遠くまで航海をしたものだ……と、改めて感心してしまいました。

そしてこの時期のアラスカは、白夜です。滞在中はずっと晴天で、夜の23時を過ぎてもまだ明るい。夜が来ない世界というのは、なんとも不思議なものでした。

ここまでは、順調でした。

ダッチハーバーへは、飛行機に乗ればすぐに行けるものだと思っていたのです。

ところが、ここからが大変でした。

現地・ダッチハーバーが濃霧に見舞われ、飛行機は遅延に次ぐ遅延。私はただただ、空港で足止めをくらうことになりました。そして最終的に、その日の便は飛ばず……。しかも、アリューシャン航空のダッチハーバー行きは、3日後まで全便が満席だというのです。

ここまで来て、行けないのか…。

そんな思いが、何度も頭をよぎりました。まさかの、アンカレッジ2泊です。

最終的には、グラント・アビエーション(地域航空会社)のチャーター機を仕立てて向かうことになりました。ですが、その手配だけでも丸一日がかり。ASMI(アラスカシーフードマーケティング協会)のスタッフの皆さんが、本当に必死になって調整してくださったのです。

ASMIの皆さんのおかげで、私たちは何とかダッチハーバーの地に降り立つことができました。心から感謝しています。

たどり着くまでに、これほどの道のりがあるとは。改めて、ダッチハーバーという場所の遠さを、身をもって知りました。

これから、このブログで、ダッチハーバーで実際に見たこと、感じたことを、少しずつ発信していこうと思っています。